85度の合戦を生き抜いた戦国武将、本庄繁長公が詠じた詩

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本庄繁長伝、千古不滅の森も併せて御覧下さい。
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「本庄繁長」ゆかりの地を訪ねて 第二回

 新潟県と山形県の県境にある奥三面ダム。磐梯朝日公園内に位置するこの場所は、かつてアチャ平とよばれ、周辺にはいくつかの村が存在し、古くは縄文時代から人々が暮らしていました。そんな奥三面で村の存在が確認されたのは江戸時代という記録もあります。
 戦国の武将・本庄繁長は積極的に金山の開発にも努めました。彼が朝日山系の鳴海、駒ヶ岳、金之丞山などから採掘させた金は、当時としては国内最大級の産出量を誇っていました。繁長は、決して武略だけの指導者だったわけではなく、経済基盤の充実を図るという点でも、上杉謙信や武田信玄と肩を並べるほどの資質を具えていたのです。
 アチャ平附近にあった村や貴重な縄文遺跡郡も、ダムの底に水没してしまいましたが、今では地元の交流館でその歴史を知ることができます。

[縄文の里・朝日奥三面歴史交流館] JR羽越本線「村上駅」より縄文の里・朝日行き、バス40分。

「本庄繁長」ゆかりの地を訪ねて 第一回

 1539年、越後国岩船郡小泉庄本庄、現在の新潟県村上市で本庄千代猪丸、後の弥次郎繁長は誕生しました。父の本庄房長が出羽の庄内に出陣していた間に、弟の長資が反乱を企て、本庄城(現在の村上城)を簒奪してしまいました。自分の城が弟に奪われたことを知った房長は、怒りのあまり卒倒をおこして急死してしまいました。
 この時、妊娠していた房長の妻は、腹に敵の刃を受けたものの、なんとか城を脱出することができました。そして、里本庄村もしくは朝日村猿沢の地で子供を産んだと伝わります。生まれた子は、約13年間の雌伏の時を経た後、村上城を奪還することに成功します。二年後、上杉謙信と出会った繁長は、戦国最強の武将へと成長していくのです。

[村上城] JR羽越本線「村上駅」下車、徒歩25分。
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Murasaki Ukon

Author:Murasaki Ukon
GENDER:Male
PLACE OF BIRTH:Tokyo
OCCUPATION:Hobo Writer

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